スカル系

田中拓馬のスカルは、「死」を描くためのモチーフではない。
それは生き延びた痕跡であり、剥き出しになった人間のコアである。

スカルは、国籍・性別・年齢・社会的ラベルをすべて失った後に残る、
唯一平等なかたちだ。
そこには成功も失敗も、善も悪も、美醜すらもない。
あるのは「生きた」という事実だけである。

田中拓馬は、破綻、貧困、社会的失速、信用の崩壊といった
個人的かつ現代的な極限状態を通過する中で、
人間が最後に立ち返る地点としてスカルを描いてきた。

このスカルは、
・死の象徴ではなく
・恐怖のメタファーでもなく
・虚無のアイコンでもない

それはむしろ、
**「それでも生き残った者の顔」**であり、
再起(YOMIGAERI)の直前に現れる中間形態である。

絵肌には、金、銀、濁り、ノイズ、荒れた線、過剰なタッチが重ねられる。
それらは装飾ではなく、
生きる過程で付着した欲望、傷、記憶、失敗、矛盾そのものだ。

ヴァニタス(虚栄)やメメント・モリ(死を想え)の系譜を引き受けながらも、
田中拓馬のスカルはそれらを反転させる。

「死を想え」ではなく、
「ここまで生き延びたことを直視せよ」

というメッセージへと変換されている。

このスカルは鑑賞者に問いかける。
あなたが今まとっている
肩書き、金、評価、フォロワー、成功物語をすべて剥ぎ取ったとき、
最後に残る“あなた”は何か?

田中拓馬のスカルは、
破壊のイメージではなく、
再構築のための静かな起点として、
キャンバスの中心に立ち上がる。

それは終わりではない。
すべてが一度ゼロに戻された後に、再び始まるための肖像なのである。

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